「私はもう50年、たばこを吸い続けています。そしてわが家でも、自由にたばこを吸い続けておりまして、子どもが4人、孫が6人、いっさい誰も不満は言いませんし、みんな元気に頑張っております」
受動喫煙防止対策をめぐり、厚労省案と自民党の対案について議論が行われた5月。ある衆議院議員の発言に耳を疑った。たばこを吸い続けている喫煙者の本音は、こんなところなのだろうか。
2020年には東京オリンピック・パラリンピックが行われる。近年は、オリンピック開催国の飲食店は屋内禁煙に規制されており、厚労省案はこの流れに沿ったものだ。にもかかわらず、いつものとおり今回の国会では、受動喫煙防止法案の決議には至らなかった。
前述の国会議員は、おそらく日本の高度経済成長期に前途有望な若者として経済を牽引してきた世代だっただろう。彼らが20~30代の働き盛りの頃は、たばこがビジネスマンの象徴であり、大人の男のアイテムであり、肌身離さず行動を共にしてきた心の友のような存在だったに違いない。日本人男性の喫煙率は、当時70~80%ともいわれている。
日本はたばこ規制に関してはかなりの後進国
時が平成になり、海外ではたばこの有害性が見直され、訴訟大国のアメリカでは、たばこが発がん性の物質を含んでいることが明らかになり、海外ではたばこ規制が行われていった。
一方、日本は、気がつくとたばこ規制に関しては、かなりの後進国になってしまった。今まで心の友だったたばこが、発がん性だの、有毒などと言われたところで、もう遅い。そんな事実は、受け入れられない、受け入れたくない。受け入れたところで、もう今さらやめられない。たばこが有害物質を含んでいるとわかっても、その事実からは、なるべく目をそらし、見なかったことにしてしまう。しまいには、「たばこを吸い続けたほうが長生きする」などと、わけのわからない自論で、本を出版する大学の先生まで出てきてしまう始末。
なぜ、彼らはここまでしてたばこを吸い続けているのか。私が監修・訳を務めている『マンガで読む禁煙セラピー』に記しているように、実際に行っている禁煙セラピーの中でも必ず聞く質問のひとつである。
返ってくる主な答えは、大体この3つ。
「リラックスできる」「ほっとする」「ストレス解消」
今となっては、喫煙者にとって何ともいえず窮屈なこの世の中。たばこを吸える場所を必死に探し回り、たばこを吸うためだけに喫煙席のあるコーヒショップに入り、時には携帯灰皿やマウスウオッシュを買い込む。喫煙者だとばれないように、こそこそと隠れてたばこを吸わなくてはいけないことも少なからずあるだろう。こんな状況で、ほんとにリラックス、ストレス解消ができているのだろうか。おそらく、喫煙者自身「たばこさえ吸わなければ、こんな面倒な思いをしなくて済むのに。なぜたばこなんて吸い始めてしまったんだろう」と感じているはず。たばこはストレス解消になるどころか、たばこ自体が大きなストレスを作り出していることにそろそろ気づき始めているかもしれない。
長年の習慣だから今さらやめられない?
そうなると次に出てくる理由がこれ。「長年の習慣だから今さら、やめることなどできないんだよ」
本当にそうだろうか。もし自分が毎日取っている飲食物に発がん性物質が約40種類以上も含まれており、飲み続けているとがんになる可能性が数倍になる事実がわかったとき、それでも「習慣だからやめられない」と言って、命を懸けてそれを取り続ける人が世の中にいるだろうか。
喫煙者がいまだにたばこを吸い続ける理由
世の中すべての喫煙者がいまだにたばこを吸い続けている理由は、ストレス解消でもなければ、習慣だからでも決してない。喫煙者自身も気づいていない本当の理由はこの2つ。1つは「ニコチン依存」。「たばこをやめたいのにやめられない」「体に悪いとわかっていてもやめようともしない」。
これは、ニコチンという物質が体内で次のニコチンを渇望する禁断症状を引き起こしていることが原因。その事実に気づくまでは、永遠に終わらないチェーンスモーキングが続く。
たばこを吸いたいから吸っているのではなく、吸いたくないのに吸わされているという状態。
そしてその事実に気づかれないように、実に巧妙に行われてきているたばこにまつわる間違ったイメージづけが2つ目の理由。たばこはストレス解消には欠かせないアイテム、働く男の象徴で、バブルの頃からは、洗練された都会の女性が足を組み、髪をかき上げながらメンソールのたばこを吸っている姿がかっこいいとされてきた。
たばこに対するすべてのイメージは、大切な税源物資としてたばこを吸い続けてもらうための、ずいぶん大それた洗脳と言っても過言ではないかもしれない。
ではたばこをやめるのは、そんなに難しいことなのか。答えは、ノー。一度たばこの真実に気づいてさえしまえば、簡単にやめられる。禁煙セラピー開発者であるアレン・カーの禁煙メソッドを使って、世界中で毎年4万人近くの喫煙者が禁煙に成功している。禁煙を難しくしているのは、決して肉体的な禁断症状などではない。人の心の奥底に根深く潜むたばこに対する思い込みである。難しいのは、自分がたばこのわなにはまってしまったことを受け入れ、もう抜け出そうという決断から一歩踏み出すことだけだ。
